123冊本その52:「暗夜行路」

 とてもよかった。文章が。フランス小説の過剰な表現に食傷していたところに、奇を衒わない、素直な表現が心地よく響いた。たとえとも言えないような安直なたとえをいうなら、こってりしたフランス料理の後に茶漬を食べるような……うわ、本当に安直だ。
 中学に上がるか上がらないかの頃、母の手文庫から引っ張りだして読んだ本。今思えば、あの類の話題に対して非常に潔癖かつ厳格だった母がよく何も言わなかったなあと思う。あの類とはつまり性に関することで、当時は読んでも何のことやらさっぱりわからなかった。
 わからなかったけれど、男の嫉妬の一種病的な表れに恐れ慄いたことだけは覚えている。久しぶりにその箇所を読んで、十数年前の自分の慄きをかなり鮮明に思い出した。自分が「赦す」「赦される」という言葉に抵抗を覚えるのはこの作品が原因かも知れず、となると当時からあの類のことはわからぬなりにわかっていたのかなあとも思う。誰でもそんなものかも知れない。