123冊本その65:「夜明け前」

 第一部・第二部合わせて岩波文庫で4冊、総頁数約1600。こんだけ広く深い小説を書くには、よほどの強健な精神を必要とするだろう。感想がまとまらない。メモ程度にいくつか。
・街道の宿場という場面を設定した時点でこの小説は成功を約束されたようなものだ。それくらい色々なものが通った。和宮様・偽官軍・禁庭・そして日本に初めて渡ってきた羊のようなものまで。
・山家の食事がやけに美味しそうに描かれる。「胡瓜もみに青紫蘇・到来物の畳みいわし。それに茄子の新漬。飯の時にとろろ汁」なんて記述がいくらも出てきて涎が出そう。藤村は食べることが人一倍好きだったに違いない。
・親子の間の折り目ただしさ。開け放しの愛情とは違う、厳しさと遠慮とを伴う濃やかな心遣い。
・「いつの間にか夜は更けていった。酒は疾くにつめたくなり、丼の中に水に冷した豆腐も崩れた」は、芭蕉の「夏の夜や崩れて明けし冷し物」から着想を得たのだろうか。
・純粋と狂気は一つところにある、と半蔵を見て思った。『白痴』のムイシュキンを見たときもそう思ったっけ。