№16 古井由吉「槿」(講談社文芸文庫
・濃厚すぎる。すさまじい。話の内容が、ではなく文体が。
・出だしが「腹をくだして朝顔の花を眺めた」。
・読んでいて、「そんな馬鹿な」と「いやあり得ることだ」の間を行きつ戻りつ、うつらうつらとこちらの気が触れるようになるのが面白い。人間に確かな輪郭なんてものはないのだということが骨身に沁みてわかる。

・「死者も風邪ぎみだったのかもしれない、とうつらとしかけてからまた思った。あんまりしつこい風邪っ気に業を煮やして、生き存える我慢をほどくということも、ありそうなことだ。」(53頁)だとか色々。

・次々に湧き出る妄念を持て余して、「自分はもしやおかしいのではないか」と恐ろしくなったことがある人は、読むと面白いかもしれない。
・主人公がよく「舌を巻く」。初めは気にならなかったから数えてないけど、全部で7回くらいは舌を巻いていたような。たいていは女たちの行為に。
・それと、進退窮まったときによく「睡気」に襲われるんだけど、この感覚はちょっとわからない。男の人はそうなのかしらん。
近代文学では男性を名字で、女性を名前で表すことが多い気がするけど(たとえば『友情』なら野島と杉子)、これは女性を「井手」とか「萱島」などと呼ぶのが面白かった。
・古井は『槿』で打ち止め、と思っていたけれど、こうなったら『仮往生伝試文』も読みたい。『聖耳』も読みたい。夏休みに読もう。
・それにしても講談社文芸文庫の装丁はなんて美しいんだろう。見るたびに胸がすっとする。